糖尿病網膜症は、糖尿病の合併症として起きる目の病気です。
予備軍も含めると2,000万人といわれる糖尿病の患者数の多さもあって、糖尿病網膜症は緑内障とともに成人してからの失明の大きな原因疾患となっています。
網膜は眼球を形作っている硝子体の3分の2程度を覆っている約0.2ミリの膜状の組織で、光を感じ取って視覚情報に変換する働きを持っています。目の前面にある水晶体をレンズとするなら、網膜はフィルムに当たります。
網膜には動・静脈血管や光、色を感じる神経細胞が多数存在します。網膜の血管は細いので、血液中のブドウ糖が過剰な状態(高血糖)が続くと損傷を受け、徐々に血管がつまったり変形したり、出血を起こすようになります。
これが糖尿病網膜症です。
糖尿病は、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの量が不足したり、働きが悪くなったりして起こります。
インスリンは、食事から得たブドウ糖を全身の細胞に取り込み、活用させる際に必要なホルモンです。その作用が低下すると、血液中のブドウ糖が細胞に取り込まれなくなり、高血糖の状態が続きます。
高血糖状態の血液は、全身にさまざまな障害を起こします。
網膜の血管で障害が起こったものが糖尿病網膜症で、糖尿病腎症、糖尿病神経障害とともに糖尿病三大合併症の一つとなっています。
糖尿病網膜症は、糖尿病患者の約40%で見られます。
糖尿病発症後、数年から10年くらいで糖尿病網膜症を発症しますが、初期には症状はあまりありません。
自覚症状を感じたときには、網膜症がかなり進行していることがほとんどです。
ある程度網膜症が進むと、視野の中に煙の煤のようなものや、蚊のような小さな虫が飛んでいるように見える「飛蚊症」が現れます。また、網膜で出血が起こると、視野に黒いカーテンがかかったような感じがします。
網膜の中心にあり、ものを見るのに最も重要な「黄斑」という部分に病変が及ぶと、急激な視力低下をもたらします。
また網膜症がすすむと網膜剥離を起こすことがあり、この場合も視力が低下します。
初期の段階で、網膜の細い血管に瘤ができる「毛細血管瘤」や、小さな点状の出血があらわれます。
血管から漏れ出た脂質成分が網膜に沈着し、「硬性白斑」と呼ばれるシミをつくります。
多くは自覚症状がありません。
(1)より少し進んだ状態で、血管の障害がさらに強くなり、網膜には血液が行き渡らなくなって酸素不足に陥る(虚血)部分ができてきます。
神経線維層には梗塞が生じて、眼底検査をすると白いもやもやした塊「軟性白斑」が見られます。
多くは無症状ですが、かすみ目があらわれることもあります。
網膜症がさらに進行し、虚血に陥った網膜では、足りない酸素を補おうと新しく血管がつくられます。
これを「新生血管」と呼びます。新生血管は網膜だけでなく硝子体にも及びます。
新生血管はもろいため破れやすく、破れると硝子体出血を起こします。
出血が起こると飛蚊症があらわれ、さらに出血量が多い場合には光が網膜に届かなくなり、急激に視力が低下することもあります。
また、硝子体内や網膜の表面に増殖膜が形成され、硝子体と網膜を癒着させてしまいます。
なんらかの原因で増殖膜が収縮すると網膜を引っ張るため、網膜剥離 (牽引性剥離)を起こすことがあります。網膜剥離が起こると飛蚊症があらわれ、黄斑で起こると視力が低下します。
(1)~(3)の進行とは別に、網膜の中心にある黄斑の血管に瘤ができたり出血が起き、急激に視力の低下が起きる糖尿病黄斑症があります。
黄斑はモノを見るもっとも鋭敏な部分、モノの見え方の大半を占める重要な部分です。
したがって、ここが障害されるということは視覚に重大な影響を及ぼします。
黄斑以外にできる浮腫の場合は、すぐに自覚症状があるわけではありません。
しかし、黄斑に浮腫ができると、急激に視力が低下します。
黄斑の病変は、初期の単純網膜症の段階で起こることもありますが、増殖糖尿病網膜症の時期に最も多く発症し、失明の原因になっています。
糖尿病網膜症では、眼底検査や、蛍光色素を持つ造影剤を静脈注射して撮影する「蛍光眼底造影検査」を行って、眼底の状態を見ます。
糖尿病網膜症には、網膜の毛細血管の鮮明な画像が得られるフルオレセイン蛍光眼底造影という検査が必要です。
硝子体出血が起きていると、眼底検査で眼底まで見ることができません。
この場合は、超音波検査を行って網膜剥離の有無を確認することがあります。
糖尿病黄斑症では、「光干渉断層計」という検査を行います。
これは眼底を三次元に映し出して解析する方法で、造影剤を使わないため、体への負担もほとんどありません。
原因となる糖尿病を改善しないと、網膜症に対してどのような治療を行っても、また同じ病変が起きてきてしまいます(再燃)。初期の、単純糖尿病網膜症の段階であれば、血糖コントロールをしっかり行うことで、網膜症の進行を食い止めることができます。
単純糖尿病網膜症よりも病状が進んでいたら、新生血管を減らし、新たな新生血管の発生を抑えるために、レーザーを照射する網膜光凝固術を行います。
新生血管は、網膜の虚血部分にできてくるため、虚血部分をレーザーで凝固するのです。病変部の広がりに応じて、網膜の一部に照射する「局所網膜光凝固術」と、黄斑を除く網膜全体を凝固する「汎網膜光凝固術」があります。
通常、1回の照射時間は約15分で、凝固できるのは数百か所。
外来で3~4回に分けて行います。なかには強い痛みが出て照射を続けられないケースもありますが、最近、高出力で短時間照射の、痛みが少ないパターンスキャンレーザーが普及してきました。
網膜光凝固術は網膜症の進行を抑え、失明を防ぐためには必要な治療です。早期であれば約80%に効果が見られます。
ただし、病気になる前の網膜の状態や視力に戻るわけではありません。術後に視力が低下したり、視野が狭くなったりする可能性もあります。
網膜症が進行していたり、光凝固術で効果が上がらなかった場合や、急激に視力が低下した場合は、硝子体手術が行われます。糖尿病黄斑症でも行われることがあります。
手術は通常、眼球に小さな孔を三つ開けて、眼球内を照らすライト、手術器具、眼球の圧力(形)を保つための潅流液や空気を注入する器具を入れます。出血によって濁ってしまった硝子体や、出血や牽引性網膜剥離を起こしている増殖膜を丁寧に除去します。
網膜剥離が起こっている場合は、眼内に空気を入れて、網膜を元の場所に戻します。
しかし、この治療も視力を回復させたり、網膜を健康な状態に戻すことはできません。手術は通常、局所麻酔で行います。
合併症として、「血管新生緑内障」が起こることがあります。
これは、網膜の虚血により新生血管が作られ、それが虹彩や隅角(眼球を満たしている房水の出口)にまで伸びて、房水の流れが妨げられ、眼圧が高くなるものです。
急激に眼圧が上がると目の痛み、霧視、頭痛、吐き気などの症状を起こし、進行すると失明に至ります。
加齢に伴い定期的な目の検診は必要ですが、とりわけ糖尿病と診断された時点から、眼科での定期検診を受けることは不可欠です。
糖尿病と同じように、糖尿病網膜症も初期にはほとんど自覚症状がありません。
「見えるから」「視力が落ちていないから」と油断していると、取り返しのつかないことになります。
初期の単純糖尿病網膜症の段階を過ぎると、治療しても網膜の状態は元に戻らないことがほとんどです。
現状を維持すること、進行を止めること、再燃を防ぐことが治療の目標になります。
治療後も引き続き、血糖コントロールをきちんと行い、定期的に検診を受けます。
血糖コントロールがうまくいかないと、再燃する危険性が高いからです。
また、糖尿病網膜症を進行させる要因として、糖尿病だけでなく、脂質異常症や高血圧の関与も指摘されています。
これらの生活習慣病全般について、予防に努めることが必要です。
監修日本眼科学会専門医試験問題作成委員 梶田眼科院長 梶田雅義 先生
提供株式会社保健同人社
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